リサーチツール特許に関する指針

ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針をご紹介いたします。

1.はじめに

(1)医薬やバイオテクノロジーの分野においては、一つの基本特許により製品や方法を独占できる場合が多く、また、発明から事業化まで長い期間とリスクの高い大きな投資を必要とするため、特許は研究開発や製品開発を促進し、その成果をイノベーションにつなげるうえで重要な役割を果たしている。

(2)とりわけ、遺伝子改変動植物やスクリーニング方法のように研究を行うための道具となるリサーチツール特許(注1)には、汎用性が高く広範に使用されて研究の推進に資するものが多いが、同時に代替性が低いものも多い。こうしたリサーチツール特許が研究において円滑に使用されない場合、研究開発に支障が生じる可能性があり、現に、権利者と使用者のライセンス条件に乖離があり交渉が難航する場合も多く、特許による研究の差止めを求めて訴訟に至った事例(注2)も生じている。

(3)こうした問題は我が国のみならず他の先進国でも生じており、OECDが策定した「遺伝子関連発明のライセンス供与に関するOECDガイドライン」(2006年2月)においても、研究目的等のための遺伝子関連発明の広範なライセンス供与等の考え方が示されている(注3)。

(4)また、米国では、国立衛生研究所(NIH)が、政府資金を原資とする研究開発により得られたリサーチツールを研究において円滑に使用するためのガイドラインを示すとともに、NIH等が有するリサーチツールに関する情報を公開し、使用の促進を図っている(注4)。

(5)我が国においても、大学等(注5)や民間企業はリサーチツール特許を所有しているが、これらを研究において円滑に使用するという共通の理解は形成されておらず、また、これらリサーチツール特許やそのライセンス条件等の情報は研究者が利用しやすい形で公開はされていない。

(6)リサーチツール特許の使用の円滑化は、ライフサイエンス分野における研究開発を促進し、その成果をイノベーションにつなげるとともに、我が国の国際競争力を向上していくうえで重要な課題であり、大学等や民間企業を含め、国全体として認識共有を進める必要がある。

2.本指針の目的

(1)本指針は、こうした状況に鑑み、特許制度による保護と活用のバランスのとれた実務運用が重要との認識の下、ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許について、大学等や民間企業が研究において使用する場合の基本的な考え方を示すことにより、その使用の円滑化を図るものである。

(2)大学等や民間企業は、本指針に沿った実務運用を確立することに努め、リサーチツール特許に関する紛争を未然に回避し、研究におけるリサーチツール特許の使用を相互に円滑化することが望まれる。

(3)なお、本指針に沿った実務運用を行うにあたっては、本指針が、我が国の特許法(注6)に基づき、日本特許の効力が及びうる国内での研究活動を対象として、ライセンス等の基本的な考え方を示すものであることに留意する必要がある。

3.基本的な考え方

リサーチツール特許を所有又は使用する大学等や民間企業は、そのライセンスの授受にあたり、以下の基本的な考え方に基づき対応するものとする(注7)。ただし、リサーチツール特許のうち、商品化され市場において一般に提供されている物又は方法については、この限りでない。なお、リサーチツールに関する特許出願中の発明についても、本指針に準じた取扱いとする。

(1)ライセンスの供与
リサーチツール特許の権利者は、他者から研究段階(注8)において特許を使用するための許諾を求められた場合、事業戦略上の支障がある場合(注9)を除き、その求めに応じて非排他的なライセンスを供与するなど、円滑な使用に配慮するものとする(注10)。

(2)ライセンスの対価及び条件
リサーチツール特許に対する非排他的なライセンスの対価は、当該特許を使用する研究の性格、当該特許が政府資金を原資とする研究開発(注11)によるものか否か等を考慮に入れた合理的な対価とし、その円滑な使用を阻害することのないよう十分配慮するものとする。 特に、大学等の間でのライセンス供与の場合は、大学等の学術振興の観点から、無償(有体物提供等に伴う実費を除く)とすることが望ましい(注12)。なお、ライセンスの供与にあたり、対価以外の妥当なライセンス条件が付されること を妨げるものではない(注13)。

(3)簡便で迅速な手続
リサーチツール特許に関するライセンスの当事者は、ライセンスが簡便で迅速な手続きにより行われるよう努めるものとする。この場合のライセンスは、ひな形となる簡便な書式を活用することが望ましい。

(4)有体物の提供
研究の場においてリサーチツール特許が円滑に使用されるためには、特許のライセンス供与に加えて、その特許に係る有体物の円滑な提供が不可欠である。これら有体物の所有者は、合理的な条件と簡便で迅速な手続による有体物の提供に努めるものとする。

4.統合データベースによる情報の公開

リサーチツール特許の使用を促進するためには、大学等や民間企業が所有するリサーチツール特許(本章においては、特許出願中の発明を含む。)及びそのライセンス条件等に関する情報が広く公開され、活用される必要がある。

(1)統合データベースの構築
関係府省は、大学等や民間企業が所有し供与可能なリサーチツール特許や特許に係る有体物等について、リサーチツールの種類、特許番号、使用条件、ライセンス期間、ライセンス対価(参考となる過去の対価実績)、支払条件、交渉のための連絡先等を含め、その使用促進につながる情報を公開し、一括して検索を可能とする統合データベースを構築する。

(2)大学等、民間企業からの情報の提供
大学等、民間企業は、リサーチツール特許の管理に努めるとともに、ライセンス可能なリサーチツール特許については、そのライセンス条件等公開可能な情報を統合データベースに提供するものとする。なお、政府資金を原資とする研究開発から生じたリサーチツール特許については、原則としてこれらの情報を統合データベースに提供するものとする。

(3)有体物に関する情報の公開
大学等、民間企業は、可能な範囲において、リサーチツール特許に係る有体物、その他提供可能な有体物に関する情報を上記統合データベースに提供するよう努めるものとする。

5.本指針の普及等

(1)本指針の周知等
関係府省は、本指針を大学等や民間企業に対し広く周知し、研究の場において適切な実務運用が行われるよう、その普及に努めるものとする。また、大学等や民間企業を対象としたライセンス供与のための簡便な書式のモデル例を作成し公表する。

(2)ライセンスポリシー等の整備
大学等は、研究者に対し本指針を周知し、研究者との認識共有を進めるとともに、必要に応じてライセンスポリシーや規程の整備、ひな形となる書式の作成とそれらの公表に努めるものとする。また、民間企業においても、可能な範囲において、本指針に沿ったライセンスポリシーの整備とその公表に努めるものとする。

(3)研究開発の公募における対応
関係府省は、ライフサイエンス分野における政府資金を原資とする研究開発の公募要領において、本指針に従う旨を盛り込むものとする。

(4)対価に関する実務の支援
関係府省は、リサーチツール特許のライセンス対価を設定するための参考となる事例集を、大学等や民間企業の協力のもとに作成し、公表する。

(5)大学等における体制等の整備
関係府省は、本指針に応じた実務運用が大学等において円滑に行われるよう、必要な関連規定や知的財産本部の体制等の整備を促すとともに、必要に応じて支援策を講じる。

(6)フォローアップ
関係府省は、大学等や民間企業における取組の進捗に応じて、リサーチツール特許のライセンスや情報公開の状況について調査し、その結果を総合科学技術会議に報告するものとする。

[注釈]

(注1)本指針において「リサーチツール特許」とは、ライフサイエンス分野において研究を行うための道具として使用される物又は方法に関する日本特許をいう。これには、実験用動植物、細胞株、単クローン抗体、スクリーニング方法などに関する特許が含まれる。

(注2)リサーチツール特許に関し訴訟に至った事件としては、東京高判平成14年10月10日(東京高裁平成14年(ネ)第675号)がある。この事件は、ガン転移モデルマウスの日本特許を持つ米国バイオベンチャー企業 が、浜松医科大学等に対し、研究における実験マウスの使用の差止め等を求めた訴訟であり、判決では被告の実験マウスは非侵害と判断された。

(注3)本指針は、OECDガイドラインの趣旨を尊重しつつ、我が国におけるリサーチツール特許の使用を円滑化するための基本的考え方を示すものである。

(注4)NIHでは、米国政府の研究所(NIH及びFDA)において政府職員により開発されたリサーチツールについて、ホームページ上で、有体物の種類、特許の有無、使用条件、ライセンス期間、提供金額(実績)、支払条件等の情報を公開している。また、保有するリサーチツールをホームページで公開している米国の大学も多い。

(注5)本指針において「大学等」とは、大学、大学共同利用機関、高等専門学校、研究開発を行っている国の施設等機関、公立の試験研究機関、研究開発を行っている特殊法人及び独立行政法人をいう。

(注6)特許法第69条第1項には「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」と規定されている。その場合の「試験又は研究」の範囲については、特許発明それ自体を対象とし、改良・発 展を目的とする試験に限定されているとの解釈が示されている。(産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会 特許戦略計画関連問題ワーキンググループ報告書「特許発明の円滑な使用に係る諸問題について」(20 04年11月)参照)。一方、本規定に関する判決は出ておらず、判例は確立していない。

(注7)具体的な契約にあたっては、本指針の基本的な考え方に沿ったものとすることが望まれるが、最終的には個々の契約における事情を踏まえた当事者の判断に委ねられる。

(注8)本指針において「研究段階」とは、大学等又は民間企業において行われる基礎研究や事業化段階に入る前の研究をいう。例えば、医薬品の場合は治験に入る前の研究をいう。

(注9)「事業戦略上の支障がある場合」の例としては、その特許に係るリサーチツール自体を商品として一般に販売するための事業計画がある場合や、リサーチツール特許を使用して研究開発を進める間、当該研究領域では独 占的に使用しなければ他者の参入により商品の事業化が困難になる場合が想定される。大学等が共同研究や大学発ベンチャー等を通じて事業化を行う場合にも、こうした状況が生じうると考えられる。

(注10)リサーチツール特許について、事業戦略上の配慮から排他的なライセンスを供与する場合においても、他の研究領域での第三者の使用に対し非排他的なライセンスを供与する権利を留保するなど、柔軟なライセンス実務に努めるものとする。

(注11)本指針において「政府資金を原資とする研究開発」とは、契約の形態を問わず、その直接経費が政府資金からなる研究開発をいう。この場合の政府資金には、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(N EDO)や独立行政法人科学技術振興機構(JST)等を通じて間接的に資金配分される委託事業費等も含まれる。

(注12)民間企業と権利を共有する大学等がライセンスを供与する場合や、民間企業からの委託研究や共同研究を行う大学等に対しライセンスを供与する場合は、別途の配慮が必要である。

(注13)こうしたライセンスの条件としては、第三者へのサブライセンスの制限、目的外使用の禁止、特許に関連するノウハウの保護等が想定される。また、条件を付すにあたり、学術論文の発表の自由を不当に制限することがないよう留意するとともに、リサーチツール特許を使用して得られた研究開発の成果に関し独占的なグラントバックの義務を課すなど、独占禁止法上問題となる条件を付すことのないよう留意すべきである。

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